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『ぼくたちは勉強ができない』101話 感想、桐須真冬の”過去”と”現在”!その輝きを取り戻して...!

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ぼく勉 問101 感想「黄昏に氷の華は[x]と舞う②

ぼくたちは勉強ができない』 最新話 感想 ネタバレ注意

 

今週の『ぼく勉』を読了。

 

ついに...、ついにこの瞬間がやってきました。氷の女王・桐須真冬が歩み、そして今なおその心に深く刻まれ続けている「過去」の物語。

 

彼女が初めて登場した頃から「この先生が抱えている”過去”はきっと『ぼく勉』という作品のテーマに深く関わってくるんだろうなぁ...」と思ってはいたのですが、実際に描かれると色々と考えさせられてしまいますね。

 

今週のお話を読み終えた今は、ただただ真冬先生の「これから」を温かい気持ちで見守っていきたいなと思わされるばかりでした...。

 

 

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ぼく勉 101話:過去と現在~氷の桐須真冬~

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真冬先生が憧れたモノ

 

~過去と現在の桐須真冬~

やりたかったこと(憧れ):青春の学園生活⇒生徒に寄り添える先生

        ⇓(失敗・挫折)

才能                                  : フィギュア ⇒才能に寄り添う先生

 

今週のお話を整理すると、真冬先生の「やりたかったこと」と「才能」との対比は、上記のような構図になっていると言えるでしょうか。

 

別にフィギュアが嫌いになったわけじゃない。けれど、私もみんなのように「普通の学園生活」を送ってみたかった。”とある先生”がそうであったように、常に生徒に寄り添って、その青春に関わっていける「教師」になりたいと思った。これこそが彼女が「教育大学」を志望することになった理由であり、また「教師」桐須真冬の出発点でした。

 

 

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教師・桐須真冬の誕生

 

そんな情熱の元にスタートを切ることになった真冬先生の教師生活。

 

これまでにやってきたことや家族の猛反対を振り切り、自分のやりたいと思ったこと、新しい道に挑戦していこうと目を輝かせる彼女の姿は実に活き活きとしていましたよね。

 

そして、自分に懐き、頼りにしてくれる生徒(=日野さん)の存在は、当時の彼女にとって本当に嬉しいものだったのでしょう。

 

日野さんという生徒のフィルターを通して、自分自身が抑圧してきた「思春期の少女が持つキラキラした情熱と青春」を、彼女は目一杯感じている。自分の”やりたいこと”に夢中で、楽しそうに”夢”を語る生徒の姿に、彼女が強い希望を抱いていたことが痛いくらいによく伝わってきます。

 

 

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後悔

音大なんて最初っから...

受けなければよかった...

 

しかし、だからこそ、この言葉が彼女の胸に深く深く突き刺さってくる。

 

そう、彼女は改めて痛感させられてしまったわけです。憧れ”と”才能”は違うものであることを。だから、自分には「人に寄り添った教師になる『才能はない』」という結論に至る。

 

一時の感情で「夢」を選ぶことを是とした末に辿り着いた場所。生徒に寄り添うという”憧れ”に身を任せた結果として、生徒から放たれることになった言葉。それは、「音大なんて最初っから...受けなければよかった...」という溢れんばかりの後悔でした。

 

 

 

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氷の女王・桐須真冬の誕生

 

どんなに冷酷に徹しても 心を殺してでも

生徒の「才能」に寄り添って生きる

 

ゆえに、彼女の抱いてきた「情熱」は「凍り(=氷)」ついてしまったわけですね...。始まりの頃に浮かべていた太陽のように眩しい「笑顔」は失われ、心を殺してでも冷酷に「才能」に寄り添っていくことを彼女は心に誓っている。

 

日野さんが言葉にした「最初っから」というワードは全ての否定を意味する言葉です。そこに行き着くまでの過程はもちろん、文字通りに「スタート」の時点で間違えていたということを示す言葉。

 

だからこそ、彼女もまた「教師」としての自分の出発点を否定しているのでしょう。本当のやさしさとは、ただ生徒の”感情”に寄り添うことではなく、生徒の”才能”に寄り添い、その子の能力に見合った道へと導いてあげることであると。

 

そして、これこそが今もなお彼女の心に深く刻まれている「後悔」であり、「氷の女王・桐須真冬」が誕生(=スタート)することになった理由でもありました...。

 

 

桐須真冬に刻まれている「後悔」

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桐須真冬に刻まれた「後悔」

もう戻る場所も

資格も私にはない

 

月並みな物言いで恐縮ですが、「後悔」という感情は、大なり小なり、人間なら誰しもが一度は経験しているモノです。

 

進路、恋愛、仕事、人間関係....などなど、理由は様々あっても、「後悔」をしたことがないという人なんてまずいません。選択してきた道の背後には、いつだって選択されることのなかった「無数の未来」があるからです。だから、いくら考えないようにしようと思ったって、言葉で言う程、簡単に拭いされるものじゃない。それが出来るくらいなら、最初から「後悔」になんてなってはいないはず......。

 

 

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後悔に囚われる真冬先生と日野さん

 

でも、それを理解したうえで書かせてもらうと、その選ばなかった「無数の未来」って、突き詰めれば「架空の世界」でしかないんですよね。

 

僕たちは選択した道の先で躓いた時、「もし違う道を選んでいたなら...」と理想の世界を頭の中で思い描くわけですが、しかし実際のところ、そんな世界なんて存在しないのです。

 

たとえ違う道を選んでいたとしても、その先に自分が望んでいた道があったかどうかなんてわからない。ゆえに、厳しい言葉を使うなら、「後悔」という感情に苛まれることは、「ありもしない亡霊」にしがみついているだけの状態....、とも言えるのでしょう。

 

 

....とすると、 日野さん  が「音大を受けない」という選択を取ったとしても、「後悔」がなかったかどうかなんてわからないんじゃないか...とも思います。だって、彼女にとって音楽は、他でもなく自分の”やりたいこと”だったわけですから。であれば、「選ばなかった」ということそのものが後悔になった可能性もある。

 

 

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成幸くんと成幸くん父の言葉(問.100より)

間違いだったかどうかなんて

本当に終わっちまうまでわかんねーもんさ

自分の気持ちに素直にな

 

そう思うと、やっぱり成幸くん親子が語ったこの言葉が今回の長編のキーワードになるのは明々白々ですよね。

 

その道が間違いだったかどうかなんて、自分が決断して、選んで、最後の最後まで全てをやり切ったときにしかわからない。

 

だから、音大を受けて合格できなかったことよりも、受験しなかったことの方が失敗であったと、日野さんが思える日が来るのかもしれないし、それゆえに、真冬先生が閉ざしてしまった、在りし日の彼女の在り方 ──生徒に寄り添える先生になりたい── が肯定されることになるのかもしれない。

 

 

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真冬先生はどうしたい?

 

まぁ、ただ一つ確実に言えることは、自分の「過去」の選択に対して、真冬先生が自身の中できちんと決着をつけ、その上で彼女が自分の「これから」を決めていくことにこそ意味があるということでしょうか。

 

前回の感想でも触れましたけど、うるかのアドバイスを受けた成幸くんはきっと、もう一度真冬先生にフィギュアへの挑戦を提案するんだと思います。

 

真冬先生にとって、いま、本当に「やりたいこと」はどちらなのか。フィギュアなのか、それとも教師なのか。それをしっかりと選んてもらうために。そして、その答えに辿り着いた時、彼女は「過去の後悔」を乗り越え、新しい桐須真冬として「これから」の人生を歩いて行くことになるのでしょう。

 

 

 

 真冬先生と両親について

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真冬先生と両親


そんなところで、来週の展開がとても楽しみなわけですが、最後に真冬先生の両親について少しだけ感じたことを。

 

今回の描写を見る限りだと、やはり真冬先生の両親は彼女の「才能」に強い期待をかけていて、それゆえに彼女はその期待に応え続けてきたということになるのでしょうけど、そうなると、真冬先生が両親に対して負い目を感じているように、両親もまた娘に対して申し訳なさを感じているのかもしれませんね。

 

それこそ、フィギュアという「才能」に拘り、「教師」という道を猛反対してしまったことにある種の”後悔”を抱いているんじゃないでしょうか。であれば、この長編は真冬先生だけでなく、両親の”後悔”にも一つの救いが用意されているのではないかなとも思ってみたり....。

 

まぁ、いずれにせよ、真冬先生と彼女の両親との間にある溝にどのような決着がつくのかにも期待したいところですね。この長編の果てに、果たしてどんな「未来」が待っているのか。真冬先生の心からの「笑顔」が再び見れることを楽しみにしております!

 

 


 ※本記事にて掲載されている情報物は「『ぼくたちは勉強ができない』/筒井大志週刊少年ジャンプ」より引用しております。