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『五等分の花嫁』87話 感想、中野四葉に訪れた転機!過去の”出会い”が彼女にもたらしたものとは...?

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五等分の花嫁 87話「私と姉妹①」 感想

五等分の花嫁 最新話 感想 ネタバレ注意

 

今週の『五等分の花嫁』を読了。

 

今回からまた新章の開幕です。「恋」と「絆」をテーマに据えた”シスターズウォー”編が無事に終幕し、これから語られていくのは、写真の子(=四葉ちゃん)の過去にまつわる物語。これまでにも断片的に示唆がなされてきた部分ではありましたが、ようやくこの新章を以って、「過去」と「現在」のお話が一本の線として綺麗に繋がっていくのかもしれませんね。

 

サブタイトルに「私と姉妹」と付けられている事を踏まえると、おそらくは、五年前のフータローとの出会いを描くだけに留まらず、四葉ちゃんにとって姉妹とはどういう存在なのか....というところにも焦点が当たっていくシリーズになるのではないかと思いますが、果たして、「過去」の彼女は姉妹達に対してどんな想いを抱えていたのでしょうか。

 

そして、中野四葉の在り方に今なお影響を与えている「過去」の出来事とは一体何なのか。今回はその点を中心にお話を振り返っていきましょう。

 

 

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第87話:私と姉妹①

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五年前の四葉ちゃん

 

瓜は五つに切っても同じなのかな

 

というわけで今週は、姉妹達がまだほとんど同一の容姿だった「五年前」のシーンから。

 

まず気になったのは四葉ちゃんが発した上記の台詞。これまでにも子供の頃の彼女達が「似た外見・似た性格」であったことは繰り返し描かれており、今回のお話においても”瓜のたとえ話”を用いて五つ子達の同一性がこれでもかと強調されていましたが、そんな状況に対して、この頃の四葉ちゃんはある種の疑問を抱き始めていたんですね。

 

本当に「五人全員が同じであること」は良いことなのだろうか......と。一人一人違った何かがあるんじゃないか、あるいは、そういうものを求めてみてもいいんじゃないか...と。五人の中で一番最初に”そんな気持ちの芽生えを確立させていたのは、他でもなく四葉ちゃんでありました。

 

 

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そっくりであること

 

その証拠に、見分けがつかず名前を間違えられた二乃(と三玖)は、気にするどころか「そっくりは私たちにとって誉め言葉だから」と喜んでさえいるんですよね。

五人全員が同じであり、五人全員が一緒にいること。そこに疑問の余地は一切なく、むしろ「一卵性に感謝だね」という認識が姉妹達の中で共有されている。その点に関しては当然、「七つのさよなら」で描かれた二乃の物語に繋がっていく内容でもありますが、少なくともこの時点においては二乃だけに限ったお話ではないわけです。

 

一花さんも二乃も三玖も五月も、「やっぱ五つ子だねー」という認識で姉妹達を捉えていて、そこに自身との「違い」があるという感覚をまだ持ち合わせてはいない。ゆえに、ヘボ監督に何を指摘されても、「五つ子だからそんなはずないのにね」という言葉で片付けてしまえる。

 

これがずっと「5人同じであることが当たり前」になっていた彼女達の”現状認識”でした。

 

 

 

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お手本かぁ...

 

お前らも四葉をお手本にして

しっかり練習するんだぞ!

 

しかし、そんな現状に違和感を抱きつつあった四葉ちゃんは、ヘボ監督からの四葉をお手本にして」という言葉に思うところがあったわけですね。

 

サッカーの練習試合を通じて気付く自分と姉妹達との「違い」。「みんなのお手本である」と肯定的な評価を貰えたことに嬉しさを覚え、自分という「個」の存在を実感している

 

兄弟姉妹がいる人であればなおのこと共感しやすい気持ちではないかと思いますが、何よりも、そんな”感情”を5人の中でいち早く獲得していた子が、今や姉妹達のために独り”自分を押し殺してしまっている”四葉ちゃんであるというのは、やはりストーリー的にかなり絶妙な構造をはらんでいると言えるのでしょうね。

 

 

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失敗をする自分

 

なにせ、自分と姉妹達との間にある差異を真っ先に理解していた彼女だからこそ、徐々に意識させられることになってしまったんだろうな...と思われる懸念事項に関しても今週のお話の中できっちり描かれていたわけですから。

 

お母さんの病気が治ったお祝いにプレゼントを買って渡そうと、五人で貯めたお小遣い。

 

そんな大切なものを不注意で失くしてしまう四葉ちゃんですが、これはまさに、「自分が姉妹達の足を引っ張っているんじゃないか」という認識や「自分だけが取り残されてしまうんじゃないか」という不安を彼女が自覚する流れに繋がっている描写のようにも感じられますよね。

 

自分のせいで姉妹達に迷惑を掛ける。それこそが今後、彼女が直面していく大きな大きな苦境であり、また、彼女の心を今なお縛り続けている問題点でもある。やはりこの部分は、彼女がいずれきちんと乗り越えていかなくてはならない”枷”の部分だと言えそうです。

 

 

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姉妹の絆

 

そして、そんな背景を鑑みるに、今回の長編のゴールに向けた具体的な第一歩は、彼女が「自分だからこそできること」を正しく認識し、そのうえで四葉ちゃんだけでなく全員が全員できないことを抱えながら支え合って前に進んでいるんだよ」という事実に辿りつくところにあるのかなと現時点では思ったりで...。

 

もちろん、それは既に第56話でも描かれたテーマではあるので、今回の長編ではそこから更に踏み込んだお話が展開されていくような気もしていますが、まず取っ掛かりとしては、四葉ちゃんによって救われ助けられ力を貰ってきた人達――彼女を心から必要としている人達――の存在が鍵となって、ずっと抱えてきた枷が外れるキッカケになっていくのかもしれませんね。

 

 

 

中野四葉(=写真の子)と上杉風太郎に訪れた転機

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変わろうとする四葉ちゃん

 

一方で、そんな四葉ちゃん視点によって5年前の修学旅行における”出会い”が再び描かれていた点も今週の見所の一つでした。

 

5年前の京都で姉妹達とはぐれ、たった独りで取り残されることになってしまった四葉ちゃん。当然、「私たちは五人一緒じゃなきゃいけないのに...」「早く見つけないと私だけ取り残されちゃう」とこれまでのように考えるわけですが、同時に「本当にそうなのかな?」という疑問が彼女の脳裏をよぎるわけです。

 

五つ子だからと言って、全部が全部、同じである必要があるのか。自分達の巣から一歩外に踏み出したら、何かが変わるんじゃないか。そういう期待が彼女の中に芽生えつつあった。あるいは、「自分だけが姉妹達に置いていかれるんじゃないか」という不安が「何かを変えたい」と願う感情を生み出すに至ったのかもしれません。

 

 

 

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巡り巡る運命

 

いずれにしろ、そういった、変化を求める気持ちが元にあったから、彼女は京都駅の階段下で「独り」佇む男の子の存在が気になったんですよね。

 

いつも五人でいることが当たり前だった自分とは違う「独り身」の少年。そんな彼に対し、今現在自分が置かれている境遇――「取り残されている自分」――への燻ぶりを持っていた彼女は、ある種の「転機」を求めるわけです。

 

無論、実際そこにいた少年と言えば、小学生にして1人旅を嗜む勇気を持った強い男の子だったとかそんなことはなく、己の「不要さ」に打ちひしがれ「取り残されていた子」ではありました。そういう意味ではまさしく、彼女と”似たような存在”だったとも言えるのかもしれません。

 

 

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運命が回りだす

 

しかし、だからこそ、彼・彼女達はお互いがお互いにとって「必要な存在」たりえたわけですよね。

 

みんな同じという状況から一歩外の世界へ踏み出したいと考えた四葉ちゃんも、役なしで誰からも必要とされない現実に俯いていたフータローも、「1人」ではなく、「独り」だった。

 

ゆえに、四葉ちゃんにはフータローが「必要」だったし、同じく「独り」だったフータローにとっても「自分を必要」だと言ってくれた彼女の存在を特別に感じていくのは当然のこと。この2人の出会いはそういう巡り合わせの元に生じた”運命”でした。

 

なのに、今現在の四葉ちゃんはそんな「過去の大事な思い出」風太郎に秘匿し続けている。なぜか?それはおそらく、変わることが出来なかったから。前回の感想でも書きましたが、やはり現状ではそう考えるのが妥当でしょう。

 

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五倍頑張ろう

 

お守りを五つ買って「みんなのお手本になること」を目指し、全員同じという状況からの脱却を象徴するアイテムとしてウサちゃんリボンを着け、誰かに必要とされるだけの運動能力も身に着けた。

 

彼女の変化を表現している事象はこれまでの物語の中でも随所で示されてきた通りですが、それでも落第をして姉妹たちを不幸に巻き込んでしまった...という認識ゆえに彼女の自己評価・努力がマイナスのものへと変換されてしまっているんだと思うと、中々に根が深い問題だなと思わされますよね。

 

才能のない自分成長していない自分。そういう自己否定の元に自信が持てず、秘めた想いや思い出までも閉じこめてしまっている四葉ちゃんが、一体この長編の果てにどんなゴールを見つけるのか。

 

僕個人としては、姉妹達のことを優先して自分が身を引くのではなく、5年前にフータローと出会った時のように、「自分のために」勇気を出す選択をして欲しいなと思っていたりもするのですが、ひとまずは彼女が自分の幸せを見つめられるようになってくれたらいいなと。そんなことを願いつつ、今後の展開に期待しております!

 

 

 

中野母と中野父について

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零奈さんとマルオ

 

さて。最後に少しだけ、零奈さんとマルオに関して気になった点を。

 

今回のお話を読む限りだと、五つ子&フータロー達の修学旅行が6月の出来事だったことが明示されているのですが、ここで個人的に少々意外だったのが、この時点でまだ零奈さんとマルオが結婚していなかったことです。

 

第33話におけるフータローの回想から、姉妹達の修学旅行先にマルオパパが居合わせていた事はまず間違いないはずなんですけれども、五つ子達の反応は、パパという認識どころか、「どんな人なんだろ」という様子なんですよね。

 

零奈さんの命日が8/14なので、修学旅行中に容態が悪化して....みたいな状況もありえそうな気がしなくもないのですが、五つ子達がマルオを”お医者さん”と認識している点を踏まえれば、おそらく零奈さんの担当医はマルオなんだろうと思うので、重病人の患者を置いて京都に来るなんてことがあるのかなと。

 

 

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私のファンらしいです

 

加えて、零奈さんが自分たちの子供に対しても敬語を使ったり、あまり笑顔を見せなかったり、というのも若干意味深な印象は受けました。

 

もちろん、それが零奈さんのパーソナリティゆえに子供の前でもそうなってしまうってだけの話でしょと考えるのが自然なんだとは思いますが、零奈さんの”笑顔”には、ある種の「特別さ」があるみたいな意味合いも持たせているようですので、五つ子達でも見たことのない表情を零奈さんに浮かべさせるマルオは中々隅に置けない男だなと思えるシーンにはなっていたのかなと。

 

 

 

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零奈さんにとっての幸せ

 

ただ、もう残り余命が2ヶ月程度しかない段階であることを鑑みても、お母さんの病気が治ったというのはおそらく”真実ではない"のでしょうね。

 

子供達の幸せを願い、心配させまいとする母の姿。それ故の「嘘」なんじゃないかと思うと、やっぱり非常に辛いものがあります。零奈さんとマルオ関連のお話は、8/14の命日付近で五月のエピソードと絡めて描かれるんじゃないかと以前から想像しているのですが、正直涙なしに読めるかわからなくなってくるレベルですよ....。

 

四葉ちゃんのお話も中々に涙腺爆弾が破裂しそうなエピソードが予想されますし、これからは更に強い気持ちで読んでいきたいですね。来週はカラーに増ページなので、超楽しみにしております!

 

 


 


 ※本記事にて掲載されている情報物は「『五等分の花嫁』/春場ねぎ/週刊少年マガジン」より引用しております。