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『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。(俺ガイル)』13巻 感想、由比ヶ浜結衣の独白が切ない!それぞれの関係性を考察してみよう!

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『俺ガイル』13巻 感想・考察

俺ガイル 最新巻 感想 ネタバレ注意

 

 

あたしの全部が、痛いくらい 、好きだって悲鳴を上げてる。

 

『俺ガイル』の第13巻が発売されました。物語はついに「最終章へ!」ということで、次の14巻で完結を迎える予定の本作ですが、13巻まできてもなお彼・彼女らの関係が盛大に拗れまくっている様子は、ストーリー的な面白さと心情的な閉塞感が相まって何とも心が締め付けられますよね。

 

というより、八幡の言葉を借りるならこの今の現状は「まちがっている」と表現した方が適切なのでしょう。まぁ、タイトルとの整合性を鑑みても「まちがっている」比企谷八幡の姿を描くことこそが物語のテーマなので、作品的にはこの展開こそが正しいのだとは思いますが...。

 

~Interludeの語り手~

1つ目(p10-11):比企谷八幡 or 雪ノ下雪乃(?)

2つ目(p90-95):一色いろは雪ノ下雪乃

3つ目(p132-133):由比ヶ浜結衣

4つ目(p208-209):由比ヶ浜結衣

5つ目(p258-263):葉山隼人雪ノ下陽乃

6つ目(p330-333):雪ノ下陽乃由比ヶ浜結衣

7つ目(p358-359):雪ノ下雪乃

 

また、前回の12巻に引き続き、「Interlude」という形で登場人物たちの独白が盛り込まれている点も凄く興味深かったです。基本的に『俺ガイル』は主人公である比企谷八幡の一人称視点で物語が進んでいるので、こういう幕間を利用して他の人物の想いを表現していく手法はグッとくるなぁ...と。

 

とは言え、今回の1つ目の「Interlude」は結構イレギュラーで、内容的に八幡視点っぽい感じもあるんですよね。普通に考えれば、本文自体が彼視点で構成されているのだから、わざわざ「Interlude」として彼の視点を盛り込む必要はないように思えるのですけど...。そこを踏まえると、この「Interlude」は雪乃によるものと考えてもいいのかもしれません。

 

さてさて。そんなわけで、今巻も非常に示唆に富んだお話が繰り広げられていたので、次の最終巻に向けての注目ポイントやストーリーの要旨を簡単にまとめていきたいと思います。

 

~13巻あらすじ~

 

エンドロールが流れる前に。

 

暦は雪解けの季節を迎えるが、新しい希望の芽吹きはまだ遠く感じられる3月。それぞれの想いを言葉にし、行動しようとする雪乃、結衣、八幡。そして、それは今のままの関係でいることを終わらせることでもあって――。

 

雪ノ下雪乃は、最後まで見届けて欲しいと願った。由比ヶ浜結衣は、このままずっと一緒にいられたらと祈った。美しい夕日に時が止まればと願っても、落日を迎えなければ新しい日はやってこない。前に進むために諦めること、終止符を打つこと。悩むまもなく、巻き戻すことも出来ず、エンドロールは流れ始める……。

 

 

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共依存からの脱却、それぞれのやり方

 

今回の13巻では「それぞれのやり方で共依存からの脱却を試みる3人の姿」が一つのテーマとして描かれていました。

 

雪ノ下陽乃が3人の歪な関係性を評する際に用いた「共依存」。そのワードは、これまで「奉仕部として共に築き上げてきた時間の否定」を意味する言葉でもある。それゆえに、このワードがプロムの開催という舞台設定の中で彼・彼女たちの行動に影響を与えていくわけですね。

 

雪ノ下「......そうねきっと今までと変わらない そして結局最後はあなたに頼り切りになるの...」

 

比企谷「けど、その責任も俺は取るべきだと思う。誰かが一方的に悪いって話じゃないだろ」(p80-p81)

 

 

雪乃は「比企谷くんに依存せずにプロムの開催を実現させること」で、自分たちの関係が”共依存”ではないことを証明しようとしていました。今までがそうだったから...。陽乃の言う通り、これまでの自分は全部彼に頼り切ってしまっていた。だから、この依存関係は終わらせないといけない。今度こそ自分一人で解決してみせないといけない。それが雪乃の考え。

 

一方で、八幡は「雪ノ下に頼られるのではなく、自らの意志で雪ノ下を助けプロムの開催を実現させること」が”共依存”を脱却する方法だと考えます。”共依存”とは、頼る側が依存し、また頼られる側も必要とされることに満足感を得てしまっている状態のこと。ゆえに、これは双方に「責任」が発生する問題なのだから、逆説的に矢印の向きが一方通行であれば”共依存”ではない。それが八幡の導きだした最適解でありました。

 

 

ここで関わることを諦めてしまえば、

それは俺たちの過去の関係性を、奉仕部の在り方を否定することになりかねない。

だから、俺は試みるべきなのだ。あの時間が”共依存”ではないことの証明を。(p85)

 

 「あいつが助けを必要としていなくて、それでも俺が助けたいと思うなら...、それは共依存なんかじゃない。それが証明できればいい。」(p257)

 

 

しかし、この対立構造を周囲の人間が見た時、それはもうあまりにも歪に見えていることでしょう。(※その担い手として今回は、一色いろは・海老名姫菜・葉山隼人という奉仕部外の人間のフィルターを印象的に描いている。)

 

「プロムを開催させる」という目的は同じなのに、2人が向いている方向はてんでバラバラ。というか、最終的に相手のために対立までしているのです。その姿を見て一色いろは「あんなのほとんど告白だ」「それか痴話喧嘩か別れ話」と評していますけれど、もう完全にこれが当意即妙なセリフとしてこの物語を表現していますよね。

 

お互いがお互いの世界(=不器用なやり方)に閉じこもり共依存からの脱却」という見えない敵と戦っている。本当に対峙すべき人はそこにいて、きっとその「正解」を彼と彼女も知っているはずなのに...。それなのに、当たらずとも遠からずの選択をしてしまうから「まちがえる」。

 

同時に、決して実現されることのないダミープロム(=犠牲案)の立案についても、これまで自己犠牲を図ることによって周囲の問題を解決してきた八幡らしい「まちがった」やり方として物語に意味を与えているのでしょう。

 

そんな背景を踏まえても(例え彼のやり方で一時的に事なきを得ることができたとしても...)、この解決法では、雪乃が「自立ができた」などと納得できるわけがないことは自明の理。

 

雪乃を助けること自体は間違っていないのに、その行為に対する動機を「責任(p81)」や「男の意地(p257)」という言葉で誤魔化し、曖昧にしてしまうからこそ「本物」が得られない。

 

一方の雪乃も「自立」を果たすことが「ちゃんと始めること」=「由比ヶ浜に並び立ち、八幡へ想いを伝える資格を得ること」だと決め込んでいるから、こんなにも「自立」にこだわっているのかもしれない。そんな拗れた構図が最終巻においてどう解決されていくのかに期待したいですね。

 

 

雪ノ下陽乃葉山隼人、そして雪ノ下雪乃の過去とは...?

 

また、13巻において非常に大きなポイントとなるのは、葉山が自身の後悔を明確に述べていた点でしょうか。

 

これまで、葉山と雪乃の間にある”過去”についてはずっとぼやかされてきたところでありましたけれども、やっと今回、葉山本人の口からその部分が語られることになりました。

 

「......だから、昔の話さ。小学校の時、彼女が孤立していたのは知ってるか。その時も、似たようなことを言っていた。......一人でできる、あなたには頼らない.......助けはいらないって」

 

「俺は中途半端に手を出して余計に傷を広げたんだ。可能な範囲でなんとかする......なんて言いながらな」

 

「あの時、全力で助けるべきだったんだ。そうすれば...」(p252-253)

 

この一連の語りを見てもわかるように、葉山は「今の比企谷八幡」に「過去の葉山隼人」を見ていたわけです。

 

だから、懺悔なら壁に向かってやってくれと言われて、「似たようなものだろ?」と答える。中途半端に手を出すだけで、本気で、全力で、彼女と向き合うことが出来なかった。それが今の比企谷八幡であり、あの頃の葉山隼人でもあったから...。やはり、葉山と八幡は似たもの同士(共感できて理解できない存在)と言えるのでしょう。

 

 

「君は中途半端なことはすべきじゃない。本気で、全力で向き合うべきだ。俺にはその覚悟も動機もなかったけれど......君は違うだろう」(p256)

 

でも、それでも...葉山は自分と八幡は"違う"と言います。

 

「俺にはその覚悟も動機もなかったけれど」「君は違うだろう」と。要するに、葉山隼人には雪ノ下雪乃を全力で助けたいと心の底から思う「覚悟」も「動機(=恋心?)」なかったけれど、比企谷八幡にはそれ(=本気になる動機)があるだろうとそう言っているわけですね。

 

じゃあ、葉山はどうしてそんなにも「後悔」をしているのか。その"動機”....、つまりは「"感情"をなんていうか、知っているか」と葉山は八幡に問うているわけですが、葉山には雪乃に対してそういう「感情(=動機)」はないと言った。それなのに「後悔」をしている。それはなぜなのか。

 

 

葉山「彼らはあれでよかったんだ。そうやって少しずつ......」

陽乃「そんなの、紛い物じゃない。私が見たいのは本物だけ」

葉山「そこから成長する想いだってあるよ」

陽乃「ありえない。そうだったでしょ?」 (p262)

 

きっと、その疑問符こそが雪ノ下陽乃の物語を紐解く鍵になっていく。雪乃を助けられなかったことで、葉山・雪乃・陽乃の関係は変わってしまった。「そうだったでしょ?」という言葉がその事実を雄弁に物語っている。

 

また、奉仕部の3人の関係(=”共依存”)が葉山たちの過去の関係に対して、鏡写し的な描かれ方がなされている点もポイントでしょう。葉山・雪乃・陽乃の間にもかつて”共依存”関係が成立しており、そんな歪な関係が「まちがい」を生んでしまった...と。

 

ゆえに、葉山は今もなお後悔をし続けているのではないかと解釈できるのかもしれません。

 

葉山の想い人は陽乃であり、それゆえに贖罪を求め、せめて...せめて彼(=八幡)と彼女(=雪乃)には、自分たちのようになって欲しくないと願っている。それが葉山隼人の「Interlude」。そんな妄想をしてみると、拗れてしまった「葉山と陽乃」の関係にもどんな結末が待っているのか、次巻が楽しみになってきますね!

 

 

由比ヶ浜結衣の独白、恋愛模様の行方は...

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由比ヶ浜結衣の願いは...?

 

 

さて、そんな感じで13巻の内容を掻い摘みながら語ってきたわけですが、最後に「ラブコメ」ブログらしく恋愛方面の結末がどうなるのかに関して個人的な想いを書いていきたいと思います。

というのも、まず今回の最新刊を読み終わった時に真っ先に抱いた感想が、由比ヶ浜さんが可愛すぎる...」だったのですよ...。

 

この13巻は、序盤から八幡と由比ヶ浜さんがダミープロムを立ち上げるために一緒に動くことになるわけですけれど、要は、雪乃のために対立を選ぶ八幡を由比ヶ浜さんが支える構図(これが陽乃の言う共依存の形)になっていました。

 

きっと、現時点では読者の大半が雪ノ下エンドを予想していることでしょう。かくいう僕もそう思ってます。上述したように、葉山との会話を見ても八幡が雪乃に特別な感情を抱いていることは明白ですからね...。ここからのどんでん返しを期待するのはなかなかに修羅の道というもの。

 

でも、それでも、由比ヶ浜さんにも幸せな結末があって欲しいな...と思わずにはいられません。

 

だって、雪乃も八幡もどうしようもなく「まちがえる」けれど、由比ヶ浜さんだけはずっと「まちがえる」ことなく正しいあり方を知っていた人なんですから。だから、彼女は3人が辿ることになる結末を最初から知っていて、それでもこの2人のやり方を優しく見守ってきたこの作品最大の功労者なんだと言えるはず。

 

 

「ずるいのも、言い訳なのも、嘘なのも、全部わかってるけど。けどもう少しだけこの時間を続けさせてください。ちゃんと終わらせるから。もしかしたら、なんて願ったりしないから」(Interlude④-p209)

 

「あたしの全部が、痛いくらい、好きだって悲鳴を上げてる」(Interlude⑥-p333)

 

「彼女のお願いはもう決まってる。あたしと同じであたしと反対。似ているけれど全然違う。」(Interlude③-p133)

 

 

 

だからこそ、今回はそんな彼女の「心の叫び」が3回に渡り「Interlude」という形で描かれることになった。

 

自らの”感情”に本気で向き合わず、ただ「共依存からの脱却」という記号と対峙しているだけの雪乃&八幡に対し、「あたしの全部が、痛いくらい、好きだって悲鳴を上げてる」と自らの”感情”を露見させる由比ヶ浜さんの構図。これこそがキモ。この感情は「共依存」なんていう簡単な言葉で片付けられるものじゃない。それが彼女の想いなのでしょう。

 

きっと由比ヶ浜さんにとっては、勝負も本物も共依存も関係なくて、ただ、心の底から湧きあがる「好き」の気持ちこそが全てだったのです。だから、ずっとこの時間が続いて欲しいと願った。ちゃんと終わらせなければいけないことを知りながら、それでも「好き」な人と一緒にいる時間を求めてしまう乙女心...。あぁ、なんとも切ない。本当に今回の由比ヶ浜さんは可愛すぎました...。

 

さてさて。そんなわけで、まだまだ気になる要素が満載の『俺ガイル』ですが、果たして本当に次巻で物語に決着が着くのでしょうか。雪乃の願いは...?由比ヶ浜さんの願いは...?そして、八幡の想いは...?どんなラストが待ち受けていても受け入れる所存!14巻が楽しみです。

 

 

<最終巻の感想はこちら>