『ぼくたちは勉強ができない』137話 感想:乙女たちの聖戦と5年越しの想い!バレンタインで恋模様はどう動く!?
ぼく勉 問137 感想「乙女の甘い想いは時に[x]に連なるものである」
『ぼくたちは勉強ができない』 最新話 感想 ネタバレ注
今週の『ぼく勉』を読了。
先週の予告でも示唆がなされていた通り、ついに『ぼく勉』ラブコメワールドにもバレンタインの時期がやってきました。
日本では「女性」が「男性」にチョコレートを贈り、「愛」や「感謝」の気持ちを伝える日として広く知られているそのイベント。ラブコメ的に言えば、年に一度の"聖戦"にしてヒロインたちの背中を押してくれる"最大のお祭り"でもあります。
好きな人にチョコレートを渡したい。ありったけの"感謝"と甘酸っぱい"想い"を形にするために――。2月の寒空を熱い青春でいっぱいに埋め尽くす、そんな彼と彼女たちのバレンタインデーがどのような顛末を迎えていくのか。早速、今週のお話を見ていきましょう。
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ぼく勉 137話:乙女の甘い想いは時に[x]に連なるものである
さて。そんなわけで今週はお待ちかねの「バレンタイン回」です。
高校3年生の春から始まった『ぼく勉』ワールドにおいては最初で最後となるこの恋愛イベント。しかし、中学一年の頃から成幸くんと親交のあったうるかには当然「計5年分(=5回分)」ものチャンスがこれまでにもあったはずで、そのあたりがどうなっているのかも今回のお話の冒頭できちんと描かれていました。
直接渡すことも、机の中にこっそり忍び込ませることもできず、「0勝5敗」のまま気付けば高校三年生まできてしまったバレンタインデーの苦い思い出。
今の2人の関係を踏まえればまともな形で渡すことができていなかっただろうことは読者視点において明らかだったわけですが、
来年またがんばろ...
という言葉を免罪符にして今に至ってしまった点が今回のバレンタイン回における一つのポイントと言えるでしょうか。
高校三年生である彼と彼女らの間には、自然発生的に生じる「次」の機会などもう存在しない。だからこそ逃げるわけにはいかない。今年のうるかが背負っているのは、そういう状況です。
ゆえに、今回のバレンタイン回は文脈的にも「うるか」をキーパーソンにして物語が展開されていくことにはなるのでしょう。
乙女の甘い想いは時に[x]に連なるものである
というサブタイトルに対し、各ヒロインたちを表すエプロンの文字が「うるか:OTOME、理珠ちん:TOKUMORI、文乃さん:KYONYU」となっていることからも、そのようなストーリー展開が示唆されていたのかなと個人的には感じました。
甘酸っぱい青春
とはいえ、「理珠ちん」も「文乃さん」も成幸くんへ淡い恋心を抱く乙女であることに間違いなどあるはずもなく.....。
来るバレンタインを翌日に控えた2月13日、うるかの自宅で3人仲良く「チョコ作り」に励むことと相成るわけでございました。
なるほど......。
まぁエプロン姿の文乃さんが最高にお可愛い...というのはこれまでにも再三申し上げてきたとおりなわけですが、真面目なお話、同じ男の子に渡すチョコレートをこうしてみんなで一緒に作るという展開になるあたりが何とも『ぼく勉』らしい作劇ですよね。
(心中複雑な文乃さんを除き)彼女たちがお互いの『想い人』を把握していない現状だからこそその光景が自然に成り立っていて、そのあたりの前提が崩れた時に彼女たちの関係がどうなるのか...という部分にまでは未だ踏み込んでいない。
バレンタインデーという特別な日に「手作りのチョコ」を作る。常日頃からお菓子作りに興じている人でもなければ、そこには当然『渡したい人』がいるわけです。理珠ちんが、
集まっておいて今さらですが...
お2人は誰にチョコを渡す予定なのですか?
と問うているように、そこを明確に共有し合う事もまた今後の彼女たちの『友情』を"本物”として描いていくためには必要なこと。
そうですか
私は成幸さんにあげますが
したがって、何一つ恥じることなくこの台詞が言える理珠ちんの存在は、今後の恋物語を追っていくにあたってとても重要になるのではないかと感じています。
そこにある「感謝の気持ち」も「甘酸っぱい恋心」も。背景やきっかけこそ違えど、きっと想いだけはみんな同じはずなんですから。
居心地の良い関係に終始して曖昧にぼかすのではなく、「友情」と「恋」の間で揺れ動く彼女たちの"感情"と"答え"をきちんと描き切って欲しい。
そうして描かれた物語の最後に、再びこの「3人」の笑顔が見られたら嬉しいなと。
そんなことを改めて強く感じさせられた、問137「乙女の甘い想いは時に[x]に連なるものである」のエピソードでありました。
果たしてうるかたちは無事にチョコを渡せるのか
さて。そんな経緯でバレンタイン前日のお話が描かれ、当日の行方については次回の後編に持ち越し...となったわけですが、今回のバレンタイン回を通じて「何らかの進展」が描かれるのかどうかも気になるところでしょうか。
成幸くんが朝から大量にチョコを持っていた理由に関しては順当に「あしゅみー先輩のバイト先でお客さんに配る用」とかだと思いますし、流れ的にも「うるかが本命のチョコ」を今度こそ渡すことになるのだろうと思いますが、何よりも大事なことは貰った側である「成幸くんがどう思うか」です。
手間暇をかけて作った手作りのチョコレート。「渡せればそれでいい...」というものでもなく、そこにある想いを少しでも受け取ってもらえるのかどうかが焦点になる。
キーパーソンになるであろう「うるか」を筆頭に、「文乃さん」や「理珠ちん」、「真冬先生」や「あしゅみー先輩」がどんな想いを成幸くんに届けるのか。次週の後編に期待しております!
※本記事にて掲載されている情報物は「『ぼくたちは勉強ができない』/筒井大志/週刊少年ジャンプ」より引用しております。
『五等分の花嫁』111話 感想:母への想いと中野五月の夢!理想の先にある五月の将来に期待です!
五等分の花嫁 最新話 感想 ネタバレ注意
今週の『五等分の花嫁』を読了。
トップバッターの一花さんから続いてきた「最後の祭りが○○の場合」編もいよいよクライマックス、今回のお話は個別エピソードのラストを締め括る五月回の完結編です。
風太郎からの後押しを受け、自身の「夢」に対する強い気持ちを再確認することとなった五月。2話構成で描かれてきた4人とは異なり、1人だけ「③」まで描かれているあたりにスペシャル感が滲みでてもいますが、
この問題は私たち家族で片をつけます
と彼女自身も述べている通り、実父・無堂さんの存在は、姉妹たちはもちろんのこと、養父・中野マルオさんをも含めた「家族全員」で向き合っていくべき課題でもありました。
末っ子の五月を物語の主体に据え、中野家全員で「過去」との決別を果たしていく。零奈さんへの想いと実父・無堂さんとの決着。そして、それらを通じて五月がどのようにして「課題」を克服していったのか。今週はそんなところを中心にお話を振り返っていきたいと思います。
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第111話:最後の祭りが五月の場合③
さて。そんなわけで今週は五月個別回の完結編です。
風太郎とのやり取りを通じて、実父・無堂さんに立ち向かう意志を表明した前回の五月。その表情には一切の迷いがなく、五月自身にはもう何の心配も要らないのだろうと思える流れが描かれてきたわけですが、その一方で「五月が教師になることをなぜ無堂さんはあれほどまでに問題視していたのか」という点が謎のままだったんですよね。
純粋に五月の将来を案じているだけにしては「言動と行動の不一致」が露骨に目立っていて、正直「①」「②」を読んだ段階では、彼の「真意」が今一つ見えてこない状況でした。
しかし、今回のお話で無堂さんが語っていた
学校の先生でなければなんでもいいんだよ
お母さんと同じ間違った道を歩まないでくれ
という台詞を見るに、最初から彼の考えの中には「五月の気持ち」を汲み取ろうという意志が存在していなかったことがわかります。
ただそこにあったのは「お母さんと同じ道を歩まないでくれ」という身勝手な思いだけであり、五月(=娘)に対する心配が根底にあってその言葉を発していたわけではない。
傲慢で、独りよがりで、身勝手で。しかもそんな自身の言動を反省するでもなく、しまいには「愛する娘への挽回のチャンスを」などと綺麗ごとを宣いながら、「五月と三玖の入れ替わり」にさえ全く気付けていなかったという恥ずかしい有様。
先週の「二乃&三玖」への対応からしてこうなることはわかりきっていましたが、結局のところこの描写が突きつけているのは、無堂さんが子供たちのことを全く気に留めていなかったという事実なのでしょうね。
無堂さんが固執していたのは、五月の向こう側に見えていた零奈さんの虚像と、過去の自分が犯してしまった失態への罪滅ぼしだけだった。
だからこそ、父としてまず何よりも優先しなくてはならなかった「娘たちへの謝罪と交流」という過程をすっ飛ばし、五月だけに拘った挙句、零奈さんと同じ教師になることだけを否定しようとした。
あまりにも浅はかで、どうしようもないまでに自分本位な価値観。それが無堂という男の本質でありました。
そして中野五月は前を向く
そんな醜い最低な父と「決別」を果たすために──。
五月が「自身の気持ち」を堂々と宣言し、マルオが「父」としての在り方を示す。
ちゃんと見てきましたから
全てをなげうって尽くしてくれた母の姿を
という台詞の通り、五月が見てきた零奈さんの姿は、たとえ誰が何と言おうとも決して変わるものではない。
誰よりも優しく、誰よりも大切に自分たちのことを育ててくれた憧れのお母さん。その積み重ねと思い出が五月の胸にはある。自分たちとお母さんとの間にあった日々を知りもせず、勝手に逃げ出した卑怯者なんかに一体私たちの何がわかるのか。
恩師に裏切られ、見捨てられ、傷付いていたことが事実であるかどうかなんて関係ない。五月が共に過ごし、憧れ、信じた零奈さんはどこまでも強くて凛々しくてかっこいい世界一のお母さんだった。それこそが五月の見てきた唯一無二の「真実」であり、無堂さんが無責任にも手放した「零奈さんと五つ子たち」の姿に他ならないのだから。
そして、そんな五月の想いを代弁するかのごとく、
あなたに彼女を語る資格はない
と怒りを露わにするマルオの姿もまた最高に胸熱で本当に素晴らしくて。
「僕も"まだ"何かを言える資格を持ち合わせていないが...」という台詞の中にマルオの誠実さと未来への覚悟が確かに表現されており、同時に、どこまでも自分のことしか考えてこなかった無堂さんとの対比として、五月の気持ちと零奈さんの想いを尊重するマルオの姿がそこに描かれてもいる。
そんな彼を指して「お父さん」と呼ぶ五つ子たちの姿を眺めながら、全力で「父親失格の烙印」を突きつけられることとなった無堂さんは果たして何を想ったのか。
謝罪の言葉を述べることもなく、自身の罪滅ぼしに固執した哀れな道化の末路。
去り際の舌打ちに「最下層の人間性」を垣間見た気もしますが、いずれにせよ、五月が母親代わりを卒業し自らの意志で未来を選び取ったこと。マルオと五つ子たちが本当の家族として再びのスタートを切ったこと。
この2点に関しては、とても王道に物語が纏められていて実に痛快なストーリー展開であったなと個人的には感じました。
五月と風太郎の関係性
さて。かくして積年の想いに決着をつけ見事トラブルを乗り越えてみせた五月さん。
しかし、家庭教師としての風太郎の助言が「支え」になったこともまた事実であり、五月は胸の内にある「素直な感謝」を風太郎に伝えようとしていました。
お母さんが亡くなった寂しさを埋めるために始めた「母親代わりとしての振る舞い」。
いつしかその境界線は曖昧なものになり、次第に「自分の気持ち」に自信が持てなくなっていきました。
でも、依存するでも、縋るわけでもない、ただ純粋に「憧れ」を追いかけたいと願う五月のまっすぐな想いは、確かに本物であるはずなのだと。そう熱弁してくれた風太郎の在り方に影響を受け、気づけば「理想の教師像」を見出だすまでにその存在が大きくなっていて...。
君だって私の理想なんだよ
それだけ聞いて欲しかったの
そう語りながら今までで一番の笑顔を見せる五月の姿には、これまで2人が少しずつ積み重ねてきた「先生」と「生徒」の関係性(あるいは「友達同士」の距離感)が表現されていたのかもしれない。
そんなことを強く再認識した第111話のエピソードで御座いました。
ラブコメヒロインとしての五月の立ち位置と学園祭の顛末やいかに?
さて。最後にいくつか気になった点について個人的な所見を。
今回、あわや五月と風太郎がキスをしてしまうのでは...というダミー描写が意図的に挿まれており、これによって、恋愛感情を持つ4人と恋愛感情を持っていない五月との差が明確に浮き彫りになっていました。
何事もなかったかのごとく「もう冬ですねー」などと語る五月の姿に恋心は感じられず、ただただ風太郎だけが動揺をしてしまったという面白い状況。
ぶっちゃけこれ程の強イベントを乗り越えてなお「惚れない」というのもラブコメ的にはかなり稀有な事例で、もう恋愛軸のヒロインではなかった説を唱える方が妥当なのかもしれません。
ただ、五月の場合「恋愛とは何か」というレベルでその手の感情に疎い節もあり、例えば、風太郎から五月に告白をしたりして初めて気付くみたいなパターンはまぁまだまだそれなりにありうるとは思うんですよね。
実際のところ、現段階において風太郎と最も「対等な関係」を築けているのは五月(もちろんこれは五月が風太郎に恋心を示していない唯一のヒロインだからでしょうけれど)であるように感じますし、もう既にキス付の告白を完了させている「一花さん・二乃・三玖」の3人に比べ、「四葉ちゃん・五月」の2人の方がまだまだ物語的に描ける要素が色々と残っていそう(究極のメタ視点ではありますが...)でもありますし。
また、風太郎の頬が腫れている件についても未だに真相が明かされておらず、意味深に引っ張られ続けている点が気になります。
一花さんからのビンタであれば大した問題でもなさそうですが、
1日目の時系列的に
「15時の集合 ⇒一花さん帰宅⇒勇也たちと遭遇⇒(頬が腫れる)⇒家事発生」
という順番のはずなので、一花さんではないと考えるのが描写的には妥当なんですよね。
このあたり果たして次回以降で明かされることになるのか。ここから「キャンプファイヤー」や「風太郎からの告白」などの大イベントも待ち構えているわけですし、そろそろ風太郎の内面を追いかける風太郎視点のお話が描かれても不思議はないのかなと。期待込みでそんな妄想をしながら次週のお話を楽しみにしております!
※本記事にて掲載されている情報物は「『五等分の花嫁』/春場ねぎ/週刊少年マガジン」より引用しております。
『ぼくたちは勉強ができない』136話 感想:自覚した"想い"と溢れ出た"すき"!古橋文乃さんの"恋"が今動き出す!
ぼく勉 問136 感想「眠りの果て [x]の現に目覚めたものは」
『ぼくたちは勉強ができない』 最新話 感想 ネタバレ注
今週の『ぼく勉』を読みました。
以前からこのブログをお読みくださっている皆様は既にご承知の通り、僕は古橋文乃さんが大好きです。
魅力的なヒロイン達がたくさんいる『ぼく勉』という作品においても特に彼女のお話には『特別』な思い入れがあり、毎週『ぼく勉』の感想をブログで書き残しておこうと思い至ったのも文乃さんに強く惹かれたのが理由でした。
少し面倒くさいところがあって、器用なのにとても不器用で、それを補って余りあるくらいに性格も容姿もお可愛い。そんな文乃さんの物語を読むことがいつしか生きる糧になっていました。
しかし、『ぼく勉』というラブコメ物語において彼女の立ち位置が曖昧で中途半端(=他ヒロイン達の心情を把握しているという点でセンターラインにいるのは物語として当然ですが)に描かれてきたこともまた厳然たる事実なんですよね。
個人的に『青春』の第一原則は『全力であること』だと思っているのですが、この観点からしても文乃さんの物語はまだまだ『全力』とは言い難く、そこにある『しがらみ』や『葛藤』が彼女の気持ちにいつもブレーキをかけ続けてきました。
『友情』と『恋』。2つの複雑な感情がせめぎ合う中で、『みんな』が心から笑い合い『幸せに成っていく』ために必要なこと。成幸くんと結ばれる女の子はたった一人しかない。そんな切ない現実が提示されている中で、それでも彼女たちが自分の気持ちを未来へ昇華させていくために欠かせないこと。
今週のお話では、そんな理想の結末に至るための第一フェイズが描かれていたように思います。以下、内容に触れて感想を書いておりますので本誌をご一読頂いてからお読み頂きますようお願いいたします。
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ぼく勉 136話:眠りの果て [x]の現に目覚めたものは
さて。そんなわけで今週は文乃さん回です。
冒頭でも書いた通り、これまでの文乃さんにはたくさんの『葛藤』がつきまとってきました。
大切な友達が成幸くんに好意を寄せていて。その様子を傍観者として一歩引いた地点から眺めながらも、実際胸の奥には確かなモヤモヤが存在してもいて。
そんな彼女の様子はどう見ても「恋する乙女」としか言いようのないものだったわけですが、しかし彼女がそれを頑なに否定し続けてきたのは、認めてはいけないという意識がそこにあったからですよね。
認めてしまったら、もう引き返すことなんてできない。だから、成幸くんを見てホッとしたり、他の女の子と話している姿にモヤモヤしてしまったり...なんて現象が胸の中で発生しようとも、そこに『特別な感情』などないと言い聞かせてきた。
絶対好きになんてなるはずがない
友達が好きな人のこと
そう思い込んでいなければ、先に好きになった友人たちに申し訳が立たなかったから。「まずこの件に関しましては... りっちゃんやうるかちゃんが優先されるべきと言いますか...」という文乃さんの台詞には、そんな彼女の心情が如実に映し出されていました。
でも、そんな彼女の葛藤に2人がコント的なやり取り(こういうシーンが『ぼく勉』の優しい世界を象徴していますよね)の中でカウンターを放ちます。その認識はやはりどうしようもなく間違っているのだと。
出会った順番も好きになった順番も「恋愛」には関係なく、恋をするのに必要な資格はただそこにある「すき」の気持ちだけ。うるかや理珠ちんが成幸くんに惹かれたから彼のことを好きになったわけじゃない。自分が好きになった(なってしまった)人が、奇しくも2人の想い人でもあったというだけのこと。
ゆえに、文乃さんも成幸くんを慕う恋のプレイヤーであっていい。そこには、文乃さんが成幸くんのことを『特別』に想い、惹かれ、好きになったプロセスが確かに存在しているのだから。この後に続いていく後半のパートでは、そんな彼女だけの『恋模様』が確りと描かれていました。
文乃さんの気持ち
出会ってからこれまでの日々。
高校生でいられる時間も僅かとなったこの状況で、そこにあった懐かしい思い出の数々を二人は今一度振り返っていました。
台風の中二人きりで映画に行ったこと。インスタ事件に巻きこまれてドキドキしてしまったこと。そして、「姉」と「弟」の距離感で恋愛相談のようなことを繰り返してきたこと。
これまで積み重ねてきた2人の思い出を反芻し、「あくまで成幸くんはカワイイ弟みたいなものなんだから...」となおもその感情に蓋をする姿勢を崩さずにいた文乃さん。
でも、それでもやはりどうしても気になることがある。
なぜあの縁日の夜に彼は『手を握ってくれた』のか。大好きだったお母さんとのやり取りを思い出し泣いていた自分を優しく包み込むように握ってくれていたその手。
お母さんの死後、「夢」の実現なんて無理だと周囲から言われ続け、寂しさと心細さで一杯だった。だからこそ、自分へ寄り添うように差し伸べてくれたその手のぬくもりを忘れることができなかった。
どうして。どうしてあの時成幸くんは私の手を握ってくれていたの?ずっと聞くことが出来なかったその問いがついに文乃さんの口から零れ出る。
あぁ、唯我成幸くんとはなんて罪作りで誠実で優しい男の子なんだろうか。
父を亡くした悲しみを知っているからこそ放っておけなかったというどこまでもあたたかくて純粋な想い。単なる同情心などではなく、実体験からくる共感がそこにある。自分自身だって辛くて悲しくて不安なはずなのに、それでも他者に全力で寄り添い手を差し伸べることのできる強さとあたたかさ。
他でもない、同じ境遇、同じ経験をしてきた文乃さんだからこそ、その想いがどれだけ深く優しいものであったのかがわかる。ゆえに、思わずその言葉が出て来てしまったのですよね。ずっとせき止めて誤魔化し続けてきたはずのその2文字の"本心"が。
すき
あぁ、この台詞を文乃さんの口から聞ける日をどれだけ、どれだけ待ち続けていたことでしょうか。
かつて奇しくも同じ場所で「いっそのことほんとにつきあっちゃう?(問24)」なんて冗談めかして語っていた彼女が、ようやくたどり着き認めるに至った本当の気持ち。冗談なんかでは決して言えない、心からの気持ち。
夏祭りの夜に芽吹いたその淡い想いが、「全力で応援してるからな」の言葉で蕾に変わり、そして今回花開いた。そんな文乃さんの壮大な恋愛旅路があまりにも美しく、とても感慨深く感じられる回でした。もはや感動と感謝の感情以外ありません!文乃さんスキーとして、21世紀の世に生まれて来られたことを嬉しく思い、心から感謝申し上げる次第で御座います。
そして眠り姫は目を覚ます
さて。かくして文乃さんがついに深き眠りから目を覚ますこととなった今回の「ベストオブ神回」。
あまりの破壊力に打ち震え、全世界の文乃さんスキーたちが古橋文乃さんという大聖母の輝きに全力で祈りを捧げたことだろうと思いますが、その一方で、全体の物語として見るとやっとこれで恋愛物語が動いていくのかなという印象はあるでしょうか。
文乃さんが成幸くんを好きになった理由。
それは、自分と同じ辛い過去を抱えながらも、不安の中にいた自分の「夢」を応援し手を握ってくれたことに起因していました。
ゆえに、これまでにも何度か書いてきた通り、「手を握った」という部分に着目をすれば、当然「文化祭のジンクス」と紐付けがなされている可能性を妄想することができるかと思います。
あの瞬間「触れ合っていた男女が必ず結ばれる」と作中で事実として明示されている以上、このポイントは基本的に無視できない。その観点でいけば、今回のお話は文乃さんスキーとしては追い風と言えるでしょう。
とはいえ、成幸くんのヒロイン達に対する恋愛感情が現状ほぼ全く描かれておらず、成幸くんが他のヒロインではなく文乃さんを選ぶ明確な理由があまり見えてこない状況であることもまた事実ではあるのですよね。
この観点で強いのは、そのあたりの積み重ねが描かれつつあるうるかだけで、この圧倒的不利はもう認めざるをえません。
なので、もう2月までストーリーが進んではしまったものの、ここから描かれるイベントを通じて、文乃さんと成幸くんの「恋物語」に進展があってくれたら良いなと。そんな妄想を抱きながら、次週のバレンタインデーを楽しみにしております!
※本記事にて掲載されている情報物は「『ぼくたちは勉強ができない』/筒井大志/週刊少年ジャンプ」より引用しております。
『咲-Saki-』第210局「渾身」感想
咲-Saki- 210局(以下、咲-Saki-本編最新話感想のため未読の方はネタバレ注意)
前回、4人聴牌のめくり合いを制し、親っパネで他校を突き放した阿知賀女子の玄ちゃん。
怒涛のドラ爆4連撃でラスからトップへ駆け上がり、なおも親番続行で優位に立っている彼女の大活躍。準決勝で死闘を演じたライバルたちはもちろんのこと、地元・奈良県吉野町で対局の観戦をしていた応援団のみんなも玄ちゃんの目覚ましい成長ぶりを目の当たりにし驚きと喜びの表情を浮かべていました。
そんな状況の中、
のどちゃんが長野に来る前
奈良にいた頃の友達の一人──
と玄ちゃんの存在に意識を向け、これまでの軌跡を回想していた優希。
叔母の結婚相手が外国の人で一般の日本家庭とは異なる文化の元で育ってきた自分。小さい頃からタコスが大好きでちょっと変わり者だった自分。
そんな自分に優しく接してくれた高遠原と清澄のみんな、そして特に一番仲良くしてくれた和に対する想いが今、様々な感謝となって優希の胸に去来する。
和との繋がりをくれた"麻雀"とそのきっかけとなった阿知賀女子への感謝。
出会いと別れ、再会と絆が織り成すこの決勝という大舞台で、巡り廻る因果を今一度再認識することとなった優希が果たしてどんな奇跡を掴むのか。依然として場は、大トップの玄ちゃんの親番からスタートです。
<前回の感想>
第210局「渾身」
〇南2局 2本場 親:松実玄 ドラ:不明
玄ちゃんの四連続和了で迎えた、南2局2本場。
気合いを入れ直し、前局から強者たちに挑みかかる姿勢を取り戻しつつあった優希の配牌は、
ツモ
通常手で3向聴、七対子で2向聴のこの形。
しかし、優希から溢れる「闘志」の煌めきに牌が応えてくれたのか、ここからの順に連続で有効牌を引き入れ、4巡目にして「ツモり四暗刻」の一向聴までたどり着くことに。
これで残るはのうちのいずれか2牌のみとなり、巡目としても絶好のチャンスに思えるこの状況。そんな流れの中で片岡優希が選んだのは、
まさかの「四暗刻」にこだわらないスピード重視のポン!
弱気を捨て、確実に和了りきる意志があるからこそ迷わず選べた鳴き仕掛け。仲間のため、友のため、そして自分のため──。
決して諦めない強い意志が今、実力差を越えたツモをこの土壇場で引き寄せる。
ツモ!!3200・6200!!
役満の可能性を見切り、をポンしてこそのツモ。
部長の言う通り、優希の見せた今回の闘牌が、結果として「和了れない四暗刻」ではなく「和了れる混老対々三暗刻」を掴んだという構図になっている点も最高に味わい深い描写でした。
待ち:単騎
待ち:の両面
待ち:の両面
席順(優希 ⇒ 玄ちゃん ⇒ ガイトさん ⇒ 照)の関係から、もし優希がガイトさんのを喰い取っていなかったなら、を引き入れて和了っていたのはガイトさんであり、優希はこの局跳満を和了ることができなかった。
一つ一つの選択が「活路」になり、同時に「死路」にも繋がっている。ツモの良さだけに頼らず、自らの選択で一矢を報いてみせた優希の闘牌。果たして「残る2局」でも通用するのか。いよいよ次回、南3局の開幕です!
残るガイトさんと照の親番
さて。最後に現在の点数状況とここまでの戦況について簡単におさらいを。
〇現在の点数状況(後半戦南2局2本番終了時点)
1位 阿知賀女子 :125300点
2位 清澄 :109200点
3位 白糸台 : 88000点
4位 臨海女子 : 77500点
一時はマイナスに転落した清澄でしたが今局の和了りで再びプラスに浮上し、トップ阿知賀女子との点差を16100点まで詰める形になりました。
しかし、このまま「新参二校」に好き勝手やらせて終わるような相手でないことは火を見るよりも明らかで。
ゆえに、成長を遂げた「玄ちゃんと優希」の前に、それでもなお高く聳え立つ壁として、きっと「残る2局」の中でガイトさんと照がその強さを示す展開となっていくのでしょう。
準決勝の第一試合がまさしくそうであったように、誰かがラス親・宮永照の連荘を止めなくてはならない。三校が協力体制を取って何とか食い止めるのか、あるいは、照の予想を超える大きな一撃が再び繰り出されるのか。
譲れない意志が交錯する決勝先鋒戦、ここからどんなドラマが待ち受けているのか最後の最後まで確りと見届けていきたいと思います。次回は12/6発売号で掲載予定。
『五等分の花嫁』110話 感想:信じられた「夢」と風太郎との関係!五月の抱く「信頼」は「恋心」へと変わるのか...!?
五等分の花嫁 最新話 感想 ネタバレ注意
今週の『五等分の花嫁』を読了。
長らく続いてきた「最後の祭りが○○の場合」シリーズもいよいよ大詰め、今回のお話はおそらく個別回最後の一人(風太郎の場合があるかどうかは現状不明ですが)であると思われる五月回の後編です。
ここまでの学園祭編においては、各ヒロインたちが自身の抱える問題を風太郎と関わりながら乗り越えていき、その果てに自分の気持ちを表現する手法として、ヒロインたちから風太郎に「キス」がなされる、という展開が描かれてきました。
ゆえに、ラストバッターの五月もまたここにきてようやく打席に立つのかもしれない。そんな、仄かな期待と様々な推測がここ数週に渡って繰り返し飛び交ってきたわけですが、果たしてその結果はどうだったのか。ラブコメらしく、風太郎との関係性も考えながら見ていきたいと思います。
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第110話:最後の祭りが五月の場合②
さて。そんなわけで今回は五月回の後編です。
前回、突然五月の前に姿を現し、「呪い」だのなんだのと否定的な言葉を並べた挙句に「つまり私は...君のお父さんだ」と衝撃のカミングアウトまでかましてきた実父の無堂さん。
その言動の数々からはどことなく「身勝手」で「乱暴」な価値観が見え隠れしており、「礼節」を重んじるタイプの中野マルオさんとは、どこまでも対照的なお父さん像がそこには提示されていました。
そして、今週の五月と無堂さんの会話により、「お腹にいる子供が五つ子だとわかった途端に行方をくらました」最低最悪の父親であったことが判明した模様で。
なるほど....。
これが仮に真実だとすれば、事情の有無に関わらず常識的・倫理的に考えて「鬼畜の所業」と言わざるを得ないかと思いますが、そんな情けない父親である無堂さんが、
罪滅ぼしをさせてほしい
今からでも父親として娘にできることをしたい
と語り、過去の自分の行為に対して「後悔」があると主張している点は、正直とても引っ掛かるものがありますよね。
ならどうして「五月だけ」にこだわっているのかと。父親として無責任なことをしてしまったと嘆くのであれば、当然「五人全員」に対してきちんと謝罪をするべきでしょう。その時点で彼の行動は道理に合っていない。
ゆえに、無堂さんがどれだけ最もらしい言葉を並べ立てようとも、読者からすれば「何か別の思惑」があってこんなパフォーマンスをしているのではないかと思えてなりません。
五月の「進路」について心配をしている。それが仮に真実であろうとなかろうと、まず「父親」として果たさなくてはならない行動がもっと他にあるはずです。「父親として到底見過ごすことができない」「君たちへの"愛"が僕を突き動かした」などと言われても、あまりにも説得力が薄く一方的な言葉としか映らないのは、ひとえにそんな彼の非常識さ・不誠実さが強調されているからなのかなと思う次第でありました。
父親としての「愛」
その証拠に、そんな自らの「不誠実さ」を棚に上げて、「やはり血の繋がりが親子には必要不可欠」と宣い、いきなり養父マルオさんのことをディスり始める始末ですからね....。
お母さんが死んだ時 彼が君に何をしてくれた?
という無堂さんの台詞。
もはや、そっくりそのままブーメランを飛ばされでもしたら「こうかはばつぐんだ」で一発KOレベルの発言でしょう。
ずっと実の子供を放ったらかしにしてきた身分で、自分の代わりに五つ子たちを(不器用な関係性の中ではあっても)見守り不自由ない生活を保証してくれていたマルオのことを「父親として不合格」と評する。どちらが「父親として」、いえ「人として」不適格な存在なのか一目瞭然です。
零奈さんが無堂との結婚に「後悔」を抱きながらも、マルオに惹かれ大切な五つ子たちを託した理由。その意味を考えれば、マルオがいかに「誠実」で「信頼」に足る人物であるのかわかるというものなのですから。
男の人はもっと 見極めて選ばないといけません
と実感を込めて語っていた零奈さんが、中野マルオを「特別な男の人」として選んだこと。
それは、たとえ不器用ではあっても、彼が確りと「愛」を示してくれる人だったからではないか。空虚で口任せな「愛」を騙り、無責任な言動と行動を繰り返す無堂さんとは真逆な人だったからではないか。
無堂さんとマルオの人物像の対比からは、そのような推察が成り立つのかなと個人的には思いました。
中野五月が信じる道
そして、そんな背景の中でもう一つ大きなポイントとなるのが、五月の背中を押す風太郎の姿から「誠実さ」や「愛」がひしひしと伝わってきた事ですよね。
あなたは私のようには
絶対にならないでください
というお母さんの言葉を思い出して自分の道を見失いかけていた五月。
先週の感想でも書いた通り、零奈さんの言う後悔とは「教師になったこと」ではなく「無堂さんと結婚をしたこと」を指していると思われるので、その観点において「私のようにならないで」=「教師を目指さないで」にはならなさそうですが、しかしいずれにせよ今この状況で何よりも一番大切なことは、「五月自身が一体何を望んでいるのか」、この一点でした。
憧れのお母さんのようになりたい。それもまた立派に「五月の気持ち」です。役割としての母親代わりを目指すのではなく、誰よりも憧れ自分もああなりたいと思うからこそ、母の背中を追い掛ける。
それは、風太郎が熱弁している通り「絶対に間違いじゃない」はずです。
そもそも「自分の夢」である以上「他人」から何を言われようが元より関係などないわけですから。進むも諦めるも自分次第。そう思えることが重要で、そんな揺るがない心の持ち方を指して、人は『信念』という言葉を使うのかもしれません。
その道が正しくても、間違っていても。それを決めるのはいつだって自分で、だからこそ自身の想いを信じ抜く。なりたい自分と進みたい道。ずっと抱えてきた色んな葛藤に整理をつけ、改めて五月はその胸の内にある「夢」を大きな声で宣言する。
そんな彼女の想いに触れ、
生徒が願うなら家庭教師の俺にできることは一つだけ
全力でサポートする それだけだ
と語る風太郎がまた物語の主人公としても一人の男としても最高にカッコ良く見えて本当に素晴らしかったなと。
五月の「夢」を呪いと言い切って否定した特別講師の無堂さんに対し、五月の「夢」にきちんと寄り添い全力でサポートすることを誓った家庭教師の風太郎。
そんな異なる教師たちとのやり取りを経て、
初めて出会った時に語られたその言葉が再び五月からもたらされる。
朱に染まった五月の表情も「勿論だ」と返す風太郎の想いも。どちらも1年前にはなく、改めてこのような形で仕切り直しが描かれたこと。まさに集大成と呼ぶに相応しい見事なストーリー展開だったと思います。
風太郎の進路と恋の行方について
一方、今回個人的にとても気になったのが風太郎がさらっと言い放った以下の発言。
マジで大変だったぜ 俺はもうこりごりだ
教師なんて絶対になるもんじゃない
この台詞をそのままに解釈すると、少なくとも現段階において風太郎の目指している進路が「教師」ではないと読めます。
全国模試で一桁順位を取れるレベルの学力があればそれこそ自分の気持ち一つで色々な進路を模索できるでしょうに、高3の10月まで物語が進んできた今でもなお、風太郎の「やりたいこと」に関する言及が作中では全くなされていないという現実。
家庭教師としての風太郎の魅力が再提示されていたとはいえ、他ならぬ風太郎自身が「教師なんて絶対になるもんじゃない」と言っている以上おそらく教師エンドではないのでしょうし、一体風太郎の「やりたいこと」とは何なのか。
風太郎の進路を不明瞭にしたままお話が展開されている理由も気になりますし、恋愛エピソードに交えてこのあたりを春場先生がどのように描いてくれるのか、より一層注目していきたいなと思う次第でした。
もう一つ。
今回「夢」に対する気持ちを再定義することになった五月さんでしたが、その実、姉4人とは異なり「キスの描写」がありませんでした。
まぁ、現状の五月が風太郎にキスをする必然性は薄く、同様に風太郎が五月にキスをする妥当性もなかったわけですが、それでも「五月だけ」がキスをしていないというこの状況は、否が応でも特別感を感じてしまうものではないでしょうか。
これから描かれる予定なのか、あるいはもう既にキスをしているということなのか。有体に言って、そんな二択であっても全く不思議はありません。
しかも今回の「五月の場合②」でエピソードは完全解決に至らず、おそらく「五つ子たち全員」で無堂さんに対峙するのだろうと思われるこの展開。
順当に考えて、5人が主体となって無堂さんを退け、現在の養父であるマルオも含めて今一度「家族」としての繋がりが取りあげられていくのでしょうけれど、その後に控えているのが「キャンプファイヤー」と「風太郎からの告白」のツーセットですからね。
・五月の「信頼」が「恋心」に変わるのか
・風太郎の「進路」はどうなるのか
の2点が描写されぬまま「恋愛の結末」が開示されるとは思えませんが、「誰も選ばない」という結論を語るのみで幕引きということもありえないでしょうから、全体視点で三日目に突入していくであろう次週以降の展開は本当に期待大だなと。
実父問題の完全決着、五月からのキス、そして...風太郎の気持ち。学園祭編でどこまで描かれるのか。期待値500%でここから先の物語を楽しみに待ちたいと思います!
※本記事にて掲載されている情報物は「『五等分の花嫁』/春場ねぎ/週刊少年マガジン」より引用しております。