「むむっ」っとしてる五月がかわいい。
林間学校編以降の五月はとても王道にラブコメヒロインしていて素晴らしいですね。「あなたが勉強する理由 教えてくれるまで睨み続けます」って。なんですかそれは...。あざとかわいすぎる!
正直、あざとすぎるヒロイン自体は苦手なタイプではあるのですが、いつも真面目な五月が無自覚にあざとさを出してくるのはグッときます...。「不器用な五月の想い」という、アオリ文もニヤニヤ。もう、最近の五月さんは本当に可愛すぎるよ...!
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今日と京都の凶と共
修学旅行で訪れた5年前の京都でのお話。カメラを構える5年前のフータローは周囲と自分との間に聳え立つ「壁」に確かな疎外感を抱いていました。
確かに友達はいる。別に仲間外れにされているわけでもない。でも、自分の隣にはいつも誰もいなかった。気になっていた女の子にはお似合いと呼べる幼なじみがいて、5人で班を組めばなんとなく自分の不要さを感じてしまう。
要するに、ファインダー越しの世界には、自分の姿が映っていないのですね。カメラの先には綺麗な風景(お似合いの2人)が広がっているのに、そこに自分の姿は写っていない。
トランプでポーカーをすれば、不要なカードは自分。役も作れず、集団の中で役割を持てない者は「俺じゃん...」と、下を向くフータローの姿はあまりにも切ない....。小学生にはきついシチュエーションでしょう。
1話時点でのフータロー(高校生)が「一人の素晴らしさ」について語るメンタル強者になっていたからなお、こういう描写が新鮮に映るのかもしれません。過去を乗り越えて現在があるんだと、きちんと「時間」を感じさせてくれるのは素晴らしい。
しかし、そんなぼっちで繊細だったフータロー少年は、思いがけず「運命」と出会うことになるのでした。(描かれているチューリップの開花時期的に、季節は4月中旬~5月頃かな?)
そう、"写真の子"との邂逅です!
盗撮を疑われたフータローを助けるために現れた1人の少女。曰く、「その人は無罪だよ 私見てたもん」である。
ふむふむ。これが写真の女の子とのファーストコンタクトですか。まぁ、当然これだけでは誰かわからないのですが、一人ぼっちだったフータローをこの子はしばらくの間、見ていたのではないかと思うと、”写真の子”視点での出会いの描写が気になりますね。
というのも、この2人は「お互い一人で寂しい者同士」だからこそ出会えたわけですよ。そう考えるとこの出会いは運命的ともいえる。
女の子の方がなぜ「一人」なのかは不明ですけど、フータローが一人で行動していなければこの出会いはなかったんですよね。隣に立ってくれるお似合いの人がいなかったからこそ、2人はこうして出会うことができたということ。
そして、最大のポイントはやっぱりフータローとこの女の子が一緒に「写真を撮ったこと」でしょうか。
ファインダー越しの世界で一緒に映るフータローと女の子。今回の文脈で考えれば、これは相当重要なファクターと言えます。なんたって、フータローにとっては、誰もいなかった自分の隣に立って、写真を撮ろうと言ってくれた女の子なわけですからね。
第1話冒頭で「君と出会った高校二年の日」というモノローグがあるので、これまで個人的には、「写真の女の子=将来の花嫁」にはならないだろうという思いがあったのですけど、うーんどうなのでしょうか....。
案外、「写真の女の子=フータローの隣に立つお似合いの女の子=将来の花嫁」って線もまだありうるのかもしれません。フータローを変えた女の子という意味ではとても大きな存在でしょうから....。
やっぱり写真の女の子は・・・
五月のメインヒロイン感が凄い・・・
で、今週の描写を見ると、やっぱり五月がメインヒロインっぽい感じはしますよね。
かつて「あなたの手を借りずともやり遂げて見せます」と言っていた五月が「あなたは...私たちに必要です」とフータローに語っているシーンは非常に感慨深いの一言でした、
しかし、逆に言えば、五月はメインヒロイン要素が揃いすぎている気もします。もちろん、ストレートに受け取るなら五月が写真の子なのではないかという気もするのですけど、それならここまで徹底的に誰かわからないように描くのかなという疑問はある。
そう考えると、何度も言っていますが、やっぱり四葉ちゃんの可能性を感じてしまうんですよね...。
林間学校でフータローが倒れた時に四葉ちゃんが過剰なほど悲しそうにしていたのも、今回の修学旅行エピソードが関係しているとも解釈できるのかなと。
そもそも、「私がこの三日間を上杉さんの思いでの一ページにしてみせます!」と、四葉ちゃんは意気込んでいましたけど、これがもし、5年前にフータローが1人ぼっちの修学旅行を過ごしたことを知っていたからと考えるなら、また見方は変わってきます。
しかも、メインヒロイン街道まっしぐらな五月とは対照的に四葉ちゃんに未だメイン回皆無というのもやや不思議。これで何もなかったら、ハッキリ言って四葉ちゃん読者が死んでしまいます!
というわけで、凄まじい五月推しに見える回は、実は四葉ちゃんが「写真の子」という大どんでん返しのための伏線を春場先生が積み重ねるためのものだったのではないでしょうか...。
まぁ、深読みが過ぎるかもしれませんが...それくらい色々考えさせれる素敵な漫画ということで。ラブコメ的にもニヤニヤ出来るし、謎解き要素もあって超面白い。5年前と現在と5年後が交差する物語。来週も楽しみですね。